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大阪高等裁判所 昭和55年(ラ)555号 決定

抗告人

大谷高雄

右代理人

安部覚

相手方

住生興産株式会社

右代表者

筈見喜一

主文

原決定を取消す。

大阪地方裁判所昭和五三年(ケ)第四一九号不動産競売事件について同裁判所が昭和五五年六月四日付でした再入札を命ずる旨の決定を取消す。

本件手続費用は第一、二審とも相手方の負担とする。

理由

一〈省略〉

二当裁判所の判断

一件記録によれば、次の事実を認めることができる。

(1)  抗告人は、原決定添付別紙物件目録記載の不動産につき、昭和五一年八月五日設定登記された抵当権(原因 同年三月二三日金銭消費貸借の同年五月一五日設定、債権額二〇〇〇万円、利息年一割、損害金年二割、債務者住生興産株式会社)を実行するため、昭和五三年五月二三日大阪地方裁判所に対し競売の申立をし(同裁判所昭和五三年(ケ)第四一九号事件)、同裁判所は昭和五三年六月八日付で競売手続開始決定をした。

(2)  同裁判所は右不動産を一括入札に付し、昭和五五年四月一〇日の入札期日において抗告人が一億二万円の入札をして最高価入札人となり、同月一七日の競落期日において競落許可の言渡を受けた。

(3)  同裁判所は代金支払期日を昭和五五年五月二九日午前一〇時と定め、その旨を記載した同年四月三〇日付期日呼出状をもつて抗告人に通知し、右通知は同年五月八日午前一〇時三〇分に抗告人に送達された。代金交付期日は定められていなかつた。なお、大阪地方裁判所第一四民事部では、通常代金支払期日の呼出状に、同民事部名義(裁判官の記名、押印はない。)の「債権者が競落し相殺希望の際は直ちに代金支払期日現在の債権現存額計算書を添付して申立てて下さい。」との一項を含む競売代金納付に関する注意書を同封する取扱いとなつている。

(4)  抗告人は同年五月二八日同裁判所に対し同日付「競落代金納入に関する上申書」と題する書面を提出し、債権目録その他の疏明資料を添付したうえ、抗告人が右不動産につき有する抵当権(昭和五一年八月五日登記された債権額二〇〇〇万円、利息年一割、損害金年二割の抵当権、同五二年一月六日登記された債権額、利息、損害金同上の抵当権、同五二年一二月二二日登記された債権額五一〇〇万円、損害金日歩八銭の抵当権)に基づき優先的に配当を受けることができる債権を特定明示し(その債権は利息損害金を合算すると競落代金を超える。)、自己の債権への配当額を競落代金に算入し両者の差引計算をして、代金の支払と配当額の受領を相殺する旨の民事訴訟法六九九条中段の規定に基づく申出をした。

右抗告人の債権について民事訴訟法六九九条後段所定の適当な異議がなければ、抗告人は右債権に優先する若干の租税債権相当額のみを現実に支払い、残余の大部分は債権との差引計算によつて右競落代金の支払を了することができる見込みである。

(5)  しかるに、同裁判所は、抗告人が支払期日の通知受領後直ちに差引計算の申出をすべしという裁判所の指示に従わなかつたという理由でこれを無視し、あらためて代金支払期日及び代金交付期日を定めて抗告人が競落代金と差引計算する旨主張している債権の存否について利害関係人の異議の有無を聴取する手続をとることなく、抗告人が代金支払期日に現金により代金を支払わなかつたとして昭和五五年六月四日付で再入札を命ずる旨の決定をした。

以上の事実を認めることができる。

ところで、民事訴訟法六九九条の規定は競売法に基づく抵当権実行のいわゆる任意競売手続にも準用されると解されるところ、同条中段「若シ債権者競落人ナルトキハ其債権ノ配当額カ買入代金ノ額ニ満ツル限リハ買入代金トシテ之ヲ計算スルコトニ因リテ消滅ス」という規定は、同条後段の「適当ナル異議」がないかぎり、債権者である競落人に対し、自己の受領できる配当額と支払うべき競落代金とを差引計算して相殺する権利を付与しているものであつて、執行裁判所の裁量ないし恩恵によつて差引計算が許容されるというような性質のものではないと解すべきであるから、同裁判所が抗告人の支払期日前にした同条に基づく右差引計算の申出を無視し、差引計算の対象とされた債権につき利害関係人の異議の有無を聴取する手続をとることなく、代金支払期日に現金による代金の支払がなかつたとして昭和五五年六月四日付で再入札を命ずる旨の決定をしたことは違法であるといわなければならない。本件において、債権者である競落人が相殺希望の際は代金支払期日の通知を受領したのち直ちにその旨の申立をすべき旨の一項を含む前記競落代金の納付に関する注意書が代金支払期日呼出状と同時に抗告人に到達したことを確認するに足りる資料はないが、仮に到達していたとしても、前記結論を左右するものではない。原裁判所は、あらためて本件につき代金支払期日及び代金交付期日を指定し、抗告人に対し同法六九九条中段の権利を行使する機会を与えるべきである。

よつて、原決定及び大阪地方裁判所昭和五三年(ケ)第四一九号不動産競売事件について同裁判所が昭和五五年六月四日付でした再入札を命ずる旨の決定を取消し、本件手続費用は第一、二審とも相手方に負担させることとして、主文のとおり決定する。

(川添萬夫 菊地博 庵前重和)

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